広島大仏について

約半世紀にわたり行方不明だった「広島大仏」

「広島大仏」は昭和25(1950)年に爆心地近くの西蓮寺に安置され、原爆や戦争の犠牲者を供養し、広島の戦後復興を見守りました。大仏を西蓮寺に迎え入れる際にはパレードが催されるなど手厚い歓迎を受け、広島の人々に元気と勇気をもたらしました。しかしその後、平和記念公園の設置で西蓮寺が寺ごと移動するなどのさまざまな理由で「広島大仏」は約半世紀にわたり行方が分からなくなっていました。

平成23年、奈良県の極楽寺で発見。今年7月より、
広島大仏出開帳
~里帰りプロジェクト~がはじまります。

「広島大仏」が奈良県の極楽寺にあることが分かったのは平成23(2011)年です。[広島の大仏さん]と聞いていた極楽寺の田中全義住職が大仏の写真集などを調べ、専門家の鑑定も得て「広島大仏」と判明しました。

今年実施される出開帳(でがいちょう:安置されている仏像を寺院から他所に出して拝観できるようにすること)は、田中住職が9年前に発願し、実現の方策を探ってきたもので、昨年広島南ロータリークラブで田中住職が行った[出開帳についての講演]をきっかけに、広島県内の企業関係者らが、広島大仏出開帳実行委員会を立ち上げ、実現されることになりました。

「広島大仏」は、高さ約4メートル、
木製の阿弥陀如来坐像です。

「広島大仏」は平安時代に山形県で建立されました。金箔を施した高さ約4メートル、木製の阿弥陀如来坐像です。廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:仏教を排斥し、寺などを壊すこと。明治維新の神仏分離によって起こった仏教破壊運動)から逃れるために一度解体されましたが、後に広島で作り直され、「広島大仏」と呼ばれるようになりました。昭和25年には北広島の寺から原爆ドーム近くの西蓮寺に移されました。

「広島大仏」は本通りお練り(戦後の復興パレード)で
迎えられ、
毎年8月6日には供養が行われました。

原爆ドーム東側の西蓮寺への移送の際には、ホラ貝隊を先頭に花で飾られた牛5頭に引かれ、仏旗や400名の稚児などによる盛大なパレードが行われました。西蓮寺に安置されてからは、毎年8月6日には供養が行われ、夏祭りには何千という市民が線香やお花をあげるなど、市民にとっては大変親しみ深いものとなりました。

奈良の極楽寺では毎年、
広島大仏平和祈念式典が行われています。

奈良県の極楽寺では、安置されていた仏像が「広島大仏」と判明された平成23年から毎年8月5日・6日に広島大仏保存会の主催で広島大仏平和祈念式典が行われています。昨年はWEB配信も行われました。また町内小学校の平和学習にも「広島大仏」は活かされています。